幻のランデブー

お世話になっております、大阪出張所の田坂でございます。

5月の足音も聞こえてくる昨今、新しい職場、新しい学校、新しい予備校などにも慣れ親しみ、ことの本分と、自分自身に対する第三者的評価を度外視しながら、ところかまわず「愛に気づいてください」という毎日を過ごしておられる方々も、少なからずおられることと承知しております。

ワタクシもかつて、現役予備校なるものに通っておりましたころ、ちょうど同じような思いをしておりました。

その人は、同じ高校の別クラスに通う、ちょっと尖った雰囲気を漂わせる、近づきにくい印象の同級生でありました。わかりやすく表現致しますと、物語序盤で登場する悪の秘密結社の中堅幹部のうち、自らの存在意義に疑問を抱きながら、途中で正義側に寝返って、主人公をかばったがために1クール目で絶命してしまうような、ちょうどそんな感じです。

少々長いので、仮に、崎濱さんと称しておきますが、ワタクシは少々、その方のことが気になっておりまして、きっかけがあれば、話しなどをしてみたいな、などとも思っておりました。

するとどうでしょうか。チャンスはすぐに訪れ、年間の模擬試験やら講習やらのガイダンス会場において、大量の資料を抱えた崎濱さんが、ワタクシを見つけるなり、こう言ったのです。

「ちょっと持ちきれないから、これ、カバンに入れてくれるかな?」

見たところ、崎濱さんはカバンを持っておらず、なるほどこれだけの資料を持ち帰るのは大変だろうと思い、ワタクシはなお余裕のある自分のバッグ事情をふまえ、快くこれを承諾しようと思いました。

しかし、お互いのガイダンスが終わる時間帯にズレがあるようで、どうやらワタクシの方が遅くなる見込みでございます。もしかしてこれは、崎濱さんからの、「終わるまで待つから一緒に帰ろう」という意思表示なのではありますまいか。

まずはお友だちからなどと思っていたにもかかわらず、なんという二階級特進でございましょうか。ワタクシは不必要なまでにドギマギしながら、「ででででも、ちょっと遅くなるかもしれないし、待たせたら悪いし、あ、でも、嫌とかそういうのじゃなくて」などと、余計な言い訳まで出てきてしまう始末でございました。

しかし崎濱さんは、ただ不思議そうな表情をするのみで、おもむろにくるっと回れ右をすると、背中に背負ったリュックを無言で指さしたのでした。

以来、ワタクシは一方的に崎濱さんに対して気まづい思いをし続けることとなり、卒業式に手をふって合図をしてくれた際にも、自分の周りに誰もいないかを十分に確認するあまり、挙動不審な姿のみを記憶にとどめることとなってしまいました。

以上、仮称を崎濱さんにしたことで、皆様におかしなビジョンが映っていないことを祈りつつ、取り急ぎ、失礼いたします。